カシャカシャ、と小気味のいい音がする。
ついでに言うと、滅茶苦茶甘い匂いが部屋どころか家中に充満してる。
甘い物好きのオレにとっては…まぁ、苦にはならないんだけど。

しばらくするとその音が止んで、香ばしい匂いがしてきた。
今日は焼き菓子か、なんて思うと自然と腹も減った気がする。
程なくして、キッチンからひょこりとが顔を出した。

「出来たよ、ブンちゃん!」
「おー」

ニコニコと笑いながらが持ってきたのは焼きたてのマドレーヌ。
見た目も十分美味そうで、思わず涎が出そうなのを必死に押し隠した。
律儀に紅茶まで入れてくれて、嬉しいことこの上ない…と言いたいところなんだけど。

「じゃ、よろしくお願いします!」

パン!とまるで神頼みするかのように顔の前で手を合わせる
そう、オレはこれからコレの味見に付き合わされるってわけだ。
正直、気が重い。

でも、それは不味いからじゃない。
の作ったお菓子って、本当に美味い。
美味いんだけど、美味いっていえねぇんだよな。

が味見してくれって頼むのは、理由があって。
どうにも、近々誰かに手作り菓子をプレゼントする…らしい。
誰にかってのは問い詰めても絶対言わないから、オレが思うに相手は男だ。
食に関しては煩いオレが太鼓判を押せば
自信を持って渡せるとか何とか言ってた。

本来ならどんな理由にせよ美味いものが食えればオレは文句無いんだけど
今回ばかりはそうも行かない。
だって、オレが美味いって言っちまえばは他の誰かに手作り菓子渡すんだぞ?

「ん…」
「どう?どう?」

一口口に含むと、ふわりと柔らかいそれからはしっとりと優しい甘みが広がる。
お前、猛練習しすぎてそこらの市販の菓子なんて目じゃないレベルじゃねぇ?
って、思うぐらい美味い。
けど、緩みそうになる頬を引き締めて、ちょっと難しい顔をしてみた。

「んー…イマイチ」
「う…そっかぁ…まだ駄目かぁ…」

期待に目を輝かせてこちらを見ていた表情とは一転、
しょんぼりとは項垂れる。
…多分サイテーだ、オレって。

「もうちょっと…練習しなきゃなぁ」

へへ、と無理に笑って片付けようとするを見てると
何ていうか、流石に良心が痛む気がして、
オレはが下げようとしたマドレーヌを一つ掠め取った。

「甘さ控えれば、合格点だけど」
「あ…甘すぎた?」
「少しな。あ、でも捨てんなよ、オレの味覚にゃちょうどいいんだから」
「え!!?」

凹んでた気持ちすらもすっ飛ばす勢いでは目を剥いた。
突然大きな声出すもんだから、つられてオレもびっくりして
一瞬マドレーヌをかみ締めること忘れてた。

「な、何だよ」
「あ、うん、そう!それなら別にいいんだけど!」
「は?何が?」
「え、えーっと…ちょ、ちょっと待ってて!!」

ポカン、としてるうちにはすばやくマドレーヌを全てオレから取り返して
キッチンの方へ走って戻っていってしまった。
あ、紅茶結局飲んでないのに。

口の中に残ったマドレーヌはやっぱり美味しくて、
それをゆっくり味わいながらキッチンの方に耳を傾けると
先程までとは違い、お菓子作りの音ではない何かが聞こえた。
がさがさと、紙が擦れるような音だ。
何やってんだアイツって思いながら素直に待っていると、

「お待たせ!」
「は…?え、何、だコレ?」
「えへへ、プレゼント!」

走って戻ってきたの手には、大きめの袋。
綺麗な水色に青いリボンをふわりと結んで綺麗にラッピングがしてある。
明らかにプレゼント用だよな、コレ。

「オレ…に?」
「そ。なかなかブンちゃん合格点くれなかったからどうしようかと思ってた…」

え、ちょっと待てって。
プレゼントって…初めっから、オレに!?

ポカンとしてを見つめると、照れたように笑ってた。
まだ温かいそれは先程のマドレーヌに違いないのに
袋から取り出したら、いくらオレでも胸が一杯で食べられないんじゃないか、なんて
柄にもないことを思いながら、何とか「サンキュ」と口にした。

「え、えーっと、じゃ、今日はこれでいいや!アリガト!」
「え?あ…うん、またな」

何だか突然空気が甘ったるっこくなって、
追い立てられるように、でも自分から逃げるようにオレはの家を後にした。










自分の部屋に帰って、初めて女の子からプレゼント貰ったみたいにドキドキしながら
そっと包みを開くと、ふわりと香るマドレーヌの香り。
何だか一気に食べてしまうのがもったいなくて
何個あるんだろう、って数えようと内袋を取り出す、と。

「…ん?」

袋のそこに小さな紙切れ。
なんだろう、レシート?とか思いながら袋をひっくり返すと
小さな紙に、さらに小さく書かれた一言。

「ちょっと…これは反則だろぃ」

明日は、どんな顔してに会おう。
その小さな告白を目の当たりにして一気に顔が火照るのを感じながら
まずは、なかなかマドレーヌに合格点を出さなかったホントの理由を言ってやろうと思った。












おそらくブン太は翌日意気込んで告る。