「ねー、凛、知ってた?」
「ぬーが?」

人の部屋に勝手に上がりこんで、
当たり前のように雑誌を読み散らかしていた幼馴染が
唐突に話題を振ってきた。
…や、本音を言うと構って欲しかったわけだけれど。

「初恋の話」
「……はぁ?」

何を突然。
いつの間にかこちらに向き直ったは、
いつの間にか思いっきり目を潤ませてこっちを見てた。

「やー、何でそんな顔してるばー…?」

いつも馬鹿みたいに明るく笑ってるのそんな表情は見慣れなくて、
内心ドギマギしながら尋ねてみると、
ふるふると首を横に振ってはしゃくり上げた。

「ね、知ってた?」
「やくとぅ、ぬーが?」
「初恋ってね、叶わないんだって」
「…ふーん」

コイツ、恋なんてしてたんだ。

初めて聞く話に心臓は一気に走り出したけれど、
同時に一気にどこかが冷めていくのを感じた。

初恋は叶わない。
そういいながらコイツが泣いてるってことは、きっと失恋した直後なのだろう。
終わったその初恋の相手は、誰だったんだろうか。

…きっと慰めて欲しくて、癒して欲しくてここに来たのだろうけれど、
こっちはこっちで、初めて聞いたそんな話に苛立って、
そしてその恋が破れたことを嬉しいとさえ感じてしまっている。
なんて薄情なのだろう。

でも、仕方ないことだとも思う。
ずっとずっと想いを寄せていた人間に、
他に好きな人が居たけど振られた、なんてこと聞かされて
誰がおいそれと素直に慰めの言葉を掛けられるのだろうか。

「凛は、どうだった?」
「わんのことは、関係ないだろ」
「だって、凛の話って聞いたことなかったから」

興味本位で聞かれるのは正直心地のいいものではない。
ここで、お前が初恋で、今も気持ちが変わってないって、
ハッキリ言えてしまえばどれだけ楽なものか。

「やー、ちぶる足りねー」
「なっ!凛に言われたくないっ!」

馬鹿にしてやると、案の定は怒り始めた。
そりゃ、突然そんなこと言われれば当然だろうけれど
全く人の気持ちに気付かない相手を前にしたこっちの立場も解って欲しい。

「初恋なぁ…わんは、諦めつかんけどな」
「そう…なの?」

ポツリと呟くと、何故かまたが半ベソをかき始めた。
何だ、自分が叶わなかったからって、人の初恋も諦めろってか。
…だから、相手はだって…言ってねぇけどさー。

「早めにケリつけたほうが、楽かもよ?」
「余計なお世話」

だって今でも諦めきれずにいるから、そうやって泣いてるくせに。
諦めてしまえって言いたいのはこっちの方だ。

「やーには関係ないよ」
「っ関係あるよっ!!」

え?
いきなり大声を上げて立ち上がるものだから、つい吃驚してしまった。
間抜けな顔をして見上げると、ハッとしたように口を押さえるの顔。
見る見る赤くなる頬を見て、何故かこちらまで顔が熱くなった。

「ち、違、何でもな…」
「しちゅっさー」
「…え!?」

思わず、口に出してしまった。
だって、この状況で勘違いなんてしない。
胸の奥がこんなにも熱い。

今度はが驚く番で、まだぼろぼろと泣いたまま、
信じられないものでも見る目つきで人を見つめていた。
馬鹿だったのはお互い様、そう思うと何だか可笑しくなって。

「わん、諦めた方がいいか」
「あ、諦めちゃ、駄目!!」

からかい半分で言ってみると、即座に否定された。
それが滅茶苦茶可愛くて、つい笑ってしまうと
顔を真っ赤にしたままが頬をぷうっと膨らませた。

「意地悪…!」
「ちょ…っあがー!」

遠慮無しに髪を引っ張られて叫ぶ。
顔を上に向けざるを得なくなって、それこそ涙目になりそうになっていたところで
相変わらず真っ赤な顔をしたまま、の唇が落ちてきた。

…現金なもの、痛みなんか吹っ飛んでしまって
そのまま目を閉じ、立ったままだったを抱き寄せる。
初恋は叶わないもの、って嘘ばっか。
腕の中の温もりをしっかり抱きしめて、頬を緩めた。