物凄く後悔してる。というか、罪悪感?がある。
私はいざ手にした数枚の紙切れのようなものを眺めては溜息をついた。

我ながら上手く遣って退けたよ、こんな大仕事。

改めてそれらをぺらぺらと捲ってみながらも、やはり気分は浮上しない。
確かに一部分の人たちから見れば眼の保養になる。
…普段ならきっと、私もその一部分に含まれかねない、けど。

私が手にしているのは写真だった。
それも、大っぴらに人に見せられる類じゃない。
つまるところ隠し撮り写真、というヤツで。

そこには、私がテニス部のマネージャーであるという特権を乱用して
ほぼ命がけで撮った、練習合間のレギュラー陣が写っている。
練習風景を隠し撮りしなかったのは…
まあ、やっぱりどんな事情があっても練習の邪魔だけはしたくなかったという
私の妙なプライドと気遣いのなせる業だった。

「…早く、来ないかな」

何も事情を知らない人が聞けば、まるで誰かを恋焦がれているような台詞。
実際は、ただこの憂鬱な待ち時間が早く終わるようにって思ってるだけだけど。

部室にはまだ誰も気やしないだろうけど、
早くしないと鍵当番が来てしまうかもしれない。
奴め。人を呼び出しておいて遅刻するにも程があるよ!

当然呼び出した奴もレギュラー陣の一人な訳で、
本人の写真も態々隠し撮り風に数枚撮ってある。

銀髪の詐欺師の写真を見て溜息。
話を持ちかけてきたのは仁王だった。

きっかけはこの間の期末試験。
頭の悪いあの後輩並みの点数を弾き出してしまった私は
獲物を獲たように満面の笑みを浮かべた仁王に捕まった。
何で私は奴とクラスが一緒なんだろう!不幸すぎる!

「ほーぅ、お前さん、追試決定じゃの」
「う…うるっさい!いつも完璧でいられるわけ、」
「マネージャーが追試、ねぇ?幸村の耳にでも入ったら」
「え、嘘、言わないよね!言わないよね!?」
「どうかの?」

…で、弱みを握られた挙句、
言われたとおりに隠し撮りなんてことをする羽目になったのだ。

憎き仁王の写真を破りそうになるのを何とか堪え、
私は手持ち無沙汰に写真を眺めていった。
仁王のことだ、上手いことこれらを使って儲けでもするんじゃないの?
というか、それぐらいしか私には使い道わからないけど。

なんて思いながら、ふと手が止まる。
練習メニュー表を片手に、誰かと話しながら笑っている、幸村の写真。
凄く楽しそうで、嬉しそうで、見惚れてしまうほどの笑顔。

…実際、これを撮った私はこのときの状況を知ってるわけで。
本当は物凄く楽しそうに、嬉しそうに、
…柳の作ったメニューをほぼ倍増させて
若干青ざめた部員を見て笑っていたんだけど。

でも、それを知ってる私から見ても、
やっぱりこの笑顔は見惚れてしまうのだ。

…この写真、仁王に渡せば他の誰かの手に渡るんだろうか。
そう考えるとなんだかもやもやして、面白くない。
気がつくと、ほぼ無意識に私はその一枚をそっと引き抜いて、
他の数枚は全てまとめて封筒に仕舞い直していた。



「何見てるの?」



その写真だけを手に持っていたその瞬間のことだった。
ドアの音がいつしたのかも解らなかったのに
突然後ろから声がして、私は自分が本気で跳ね上がるかと思った。

あからさまにこの声は仁王じゃ、ない。
それどころか。

「早いね、
「ゆ…き、むら」

スローモーションで振り向いた私の背後には
ニッコリと極上の笑顔を浮かべていた…幸村が、いた。

私が思わず固まっている隙に、さっと幸村は私の手から写真を掠め取った。
え、ちょっと…!!取られちゃ不味くない!?
思ったときには既に遅く、はっと我に返ったときには
幸村がキョトンとした表情を浮かべていた。

「俺の写真?」
「や、その、あの、それは違って、」

何とか弁明しようにも、しようがないよ!
だって目の前には隠し撮りの被写体になってる本人が居て、
挙句にそれが幸村と来てる。

しかも、ついさっきまで私はその写真を眺めながら
若干乙女なことを考えていた。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

かっと顔が熱くなるのを感じながら
わたわたと慌て、無意味に写真を取り返そうとしていると
伸ばした腕をガシリと掴まれ、そのまま引っ張られた。

「っわぁ!」

間抜けな声を上げてつんのめった私は
次の瞬間には、ポスリと目の前の身体に倒れこんでいた。
パニックに陥りかけていると、さっと背に幸村の腕が回る。

「なかなか可愛いことしてくれるね、は」
「!?」

ご機嫌な声がしたと思えば、額に柔らかい感触。
それが幸村の唇だったと判断出来たのは
ニッコリ笑った幸村に正面から覗き込まれてからだった。

「そんなに、俺のコト好き?」
「え!何、何で!?」
「だってそんなに物憂げに俺の写真見つめてたじゃないか。隠し撮り?」

隠し撮り?って普通聞きますか?この状態で、本人が。
じゃなくて、うん、隠し撮りだけど、ばれちゃ不味いことも確かだけど、
別に私は幸村の写真がどうしても欲しかったとか、そんな深い理由はないわけで
何よりも誤解をされるっていうのが、一番困るわけで!

とにかく何か弁明を、とさらに慌てる私だけれど
当然本気で人を捕まえに掛かっている幸村を振りほどくことは出来ない。
苦しいほどに抱きしめられて、私の緊張はピークに達しそうだった。

「言ってくれれば、いつだって笑顔ぐらい見せてやるのに」
「え、えっと、だから、その、」
「嬉しい。俺、ずっとのこと好きだったんだよ?」

酷く切なそうに、愛しそうに幸村が呟く。
全く予想外の言葉に目を引ん剥きそうになったけど、
あまりに感情が込められた声音に私の心臓は壊れた。

違う、壊れたんじゃなくて、
今はっきりと、幸村への気持ちを自覚したんだ。

おずおずと手を幸村の背に回した瞬間、
ガチャリと部室の扉が開いた。

当然私は大いに驚いて幸村から離れようとする。
けれど、幸村は腕の力を緩めようとはしない。
え!ちょっと、誰か来たなら一旦離れようよ…!

「やだ、離さないよ」
「っ!!」

あぁもう、誰かいるんでしょ!?
やめて!ウットリしちゃうから!!
半ばパニック状態に陥りかけの私をさておいて、
幸村はその入ってきた人に声をかけた。

「ありがとう、仁王」
「おぅ」

は…?に、仁王?
ありがとう?

「じゃ、部活時間まで他の奴には寄り付かんよう言うとくぜよ」
「助かる」

ん?ちょっと待って。
私を呼び出したの、仁王で、今タイミングよく来たのも、仁王で?
幸村はその仁王にお礼を言って?

「は…嵌められ、た?」
「何が?」

漸く少し離してくれたから、表情が伺える。
そしてにこりと笑った幸村に、私は脱力した。
全て策略…だった、んじゃないの、これ…!
まさか隠し撮り写真の使い道がこんな、こんな…!!

「フフ、今日から改めて宜しくね、

何から怒ればいいのか、突っ込めばいいのか、
ぐるぐる思考をめぐらせていたけれど、
あまりに嬉しそうに笑う幸村に毒気を抜かれて
再び抱きしめてくる腕に身を委ねるしか出来なかった。












写真は自覚させるための小道具。