非常に、居心地が悪い。

オレンジ色に染まった教室には、自分と千石の2人だけしかいない。
は日直日誌に何を書こうか、と結構真面目に考えているのに
すぐ前の席にこちらを向いて座った千石がこっちをじっと見ているのだから
集中できるはずもなく、仕方なく一度シャーペンを置いた。

「何?」
「べっつにー?」

重苦しい空気の中尋ねてみると、案外いつも通りの返事が返ってきた。
けれどその表情は口調の軽さとは掛け離れていて、
真面目な、…というよりも、少し怒っているような気がした。

「あのさ…部活、いいの?」

また沈黙が続きそうになって、それを破るように口を開いた。
とっさに訪ねた質問は、それでも尤もらしい問いかけだ。

日直はあくまでもだけ。だから、本来ならばこの放課後の教室は一人きりのはずだ。
目の前の千石は別に日直でもなんでもないのだから残っている必要は何もなくて、
ただ山吹のエースがこんなに大っぴらに堂々とサボっていることになってしまう。

本音を言うと、ちょっぴり嬉しかったけど。

ついこの間まで隣の席に千石がいて、
そこそこ、自分としてはかなり、仲良くなった…と思っている。

けれども席替えで離れてみると、同じクラスとはいえ会話は一気に減ってしまって
寂しい感情と共に、あー、千石が好きなんだな、って気付いた。
こうやって面と向かってるのは、それを自覚してからは初めてじゃないだろうか。

とは言え、やはりまるで睨むように見つめられているのは困る。
本当に怒っているのであるとしても原因も解らない。

「キミに関係、ある?」
「え」

あっさりとした淡白な返事が返ってきて、一瞬固まった。
私の知ってる千石じゃ、ない。
何故かそう思えて、胸がズキン、と痛んだ。

「や…ちょっと、気に、なっただけ。…そうだね、関係ないね」
「……じゃ、口出さないでよ」

別に怒られること、言ってないのに。
思わずそう言いたくなったけれど、思っても見ない千石の態度にうろたえてしまった。

やっぱり、何か怒ってるんだ。

先ほどよりも険しくなった表情に、は慌てて目を伏せた。
目の前には、中途半端に書き進めたままの日誌。
もう、さっきまで考えていた内容は忘れてしまった。

「あの…さ、」
「何?」
「あ…その、何でもない」

何でここに居るの?
そう聞こうとしたけれど、すっかり臆病になってしまって言葉を濁して誤魔化した。
すると、呆れたような、面倒くさいと言いたげな溜息が聞こえた。

「ボクさ、見ててたまにイラっとするんだよね」
「え…」
「人のこと何にも知らないで、へらっとしてるが」

ドクリ。

胸が、心臓が、痛い。
勝手に早くなる鼓動と、知らず握り締めた手に滲む汗。
ついには睨むような刺すような視線を向けてくる千石に
ジワリと涙腺が緩むのを感じて、また一人勝手に慌てて。

そっか、嫌われてたんだ。

だからこんなに千石は苛立ってたんだ。
もし、またチャンスがあれば話しかけようなんて思ってたことに気付いて
わざわざ釘を刺すために、こんな。

気付いてしまえば馬鹿らしくて滑稽で。
自嘲気味に笑うと、千石の顔がまた嫌そうに歪んだ。

ああでも、これで、一つ知ったことがあるよ、千石。

「千石が、一番迷惑で一番聞きたくない言葉なら知ってる」
「…なーに?」

首を傾げて尋ねてくる千石に、思わず苦笑。
嫌われてるんだ、それならこの想いは迷惑以外の何者でもない。
それなのに、ずっと隠しておくにはの心はあまりに小さい。

「千石が、好き」

あーあ、言っちゃった。
嫌われてるって解ってから、言うのも馬鹿馬鹿しい話。

言葉にしてしまうと、セーブが効かなかった。
堪えていた涙がポツリと零れ、日誌に落ちる。
流石にそれはマズいと、日誌を慌てて閉じた。

と、突然千石の手が目の前に伸びてきて、目元を拭うようになぞった。
驚いてそのまま跳ねるように顔を上げると
さっきまでの恐い表情から一転、千石も目が点になっていて。

「ちょ、待って。今、何、何って?や、待って待ってその前に何で泣いてるの?」

突然、大いに千石は慌て始めて。
今、3回も待ってって言ってたなあ、なんてぽかんとしてしまった。
そのせいか、既に止まりかけた涙を見て、千石が安心したように少しだけ笑った。
あ、今日見る初めての笑顔だ。

「やーっぱり、人のこと何にも知らないね」

確か、ついさっきも同じ言葉を聞いた。
けど、全然意味合いが違って聞こえてきて、
胸の痛みが、ジワリとした熱さに変わる。

「ね、さっき何って言ったの?」
「…千石が、好き」

素直にもう一度言葉にしてみせると、にっこりと笑ってくれた。
まだよく、頭が整理できなくて、心臓はひとりでにドキドキしだして。
でも、とにかく漸く大好きな満面の笑顔が見れたのが嬉しくて
折角止まった涙がまた一気に戻ってきたけれど、

「それは、一番嬉しくて、一番言わせたかった言葉だよ」

机に手を付いて身を乗り出してきた千石が、
涙が零れるより早く、その目に唇を寄せた。












千石side